ここ最近、坐禪や瞑想が流行っています。

世界の名だたるテック企業で導入されたり、精神世界への関心が高まってます。

それ自体は素晴らしいことですが、悟ることを目的に瞑想などしてる人はある落とし穴に陥りやすいのが現状です。

悟ってると思い込んでしまう

今の宗教のシステムもヒエラルキーがあって、上の階級に行けば行くほど悟りに近づいていると捉えられがちです。

つまり、ヒエラルキーの上の人は悟ってると思い込みがちで、ヒエラルキーの下のひとは悟ってないと思い込みやすくなるという落とし穴があります。

極論すれば、底辺層の人でも悟ってる人はいるかもしれないし、トップなのに悟ってない人がいるかもしれません。

なぜそのようなことが起こるのか?

それは公平で確実な検証方法がないからです。

一方で武学の仕組みには検証方法がありますから、公平で確実に検証ができます。

レノンリー老師でさえ、悟りから外れる時があるぐらいですから、始めたばかりの人は確実に検証を積み重ねてゼロ化を体得していくしかないですよね。

悟りを検証して身につけていく

悟りとは身につけて活用していくもの。

悟りを世界のために活用しないなら、それは単なる自己満足です。

そのためにはまずは日々の日常で小さなことを積み重ねていくこと。

ゼロ化して悟りを体感したらそれを対人で検証して感覚として身につけていくこと。

そうすればやがてその悟りを自分だけではなく世界のために活用することができるようになります。

武学は悟ってからがスタートですから、早く身につけて活用できるようにしていきましょう!