武学体術では禮を重んじます。

これは日本の武道でも同じように「礼に始まり礼に終わる」という言葉があることからもわかるように大切にされてきた考え方です。

では禮とは一体何を意味しているのでしょうか。

本質的な解釈をご紹介します。

禮とは一視同仁のことである

禮とは零、靈のことを意味します。

禮とは0=∞の体現であり、

すなわち、見えないエネルギーも含めて全てのことです。

そして、それはすなはち一視同仁と同義です。

一視同仁とは、ひと目見たら全てを愛するということです。

そしてこの時の「愛」とは小さな愛ではないということです。

小さな愛とは、私の子供や家族だけを愛するというような分離によって成り立つ愛です。

そうではなく、全てを我が子と同じように愛するという大愛こそが一視同仁のいう愛です。

つまり、禮で体現されるのは全てを平等に愛する感覚。全てがわたしであり、わたしが全てであるという愛です。

わたしが全てであり全てがわたしである

禮によって体現されるのは究極のゼロ化とは、まさに0=∞の極地です。

それはまさに一視同仁、愛の体現です。

だから、相手との間に境目がなくなり、ムスビが起こるのです。

そしてそのムスビからマツリが起こり、イノリが起こるとミノリが起こり実体化する。

禮による実体化とはまさにこの次元のゼロの体現であるということです。

そんな禮法の中でも非常にゼロ化力が高いのが天人統合禮法であり、それこそが酔八仙の基礎となる禮法なのです。