現代の常識で言えば「殺人罪」よりも重い罪などないように思うでしょう。

自分もそう考えていました。

しかし、殺人罪より重い罪があるのです。

それが「あはなちの罪」と呼ばれるものです。

殺人罪より重い罪「あはなち」

道徳的にも倫理的にも「殺人」というのはけっして許される行為ではなく、間違っていると感じます。

しかし、そういった殺人などの罪も、ある罪を犯すことから起こるものだという考え方もあります。

そして、すべての罪は、この罪を犯すことから生まれると言われています。

それが「あはなちの罪」です。

大祓祝詞における天津罪・国津罪の中の天津罪の一番目が「あはなち」であり、最も重い罪として記されています。

「あはなち」とは「あ」を放つという意味です。

「あ」とは一番最初の文字、すなわち天命のことであり、自分がこの世界に何のために、何を成し遂げるためにやってきたのかという本題です。

その「あ」を放つ、要するに天命放棄が最も重い罪だとされています。

生きる意味を見失った現代人

何のために生きるのか。

もっとも基本かつ重要な命題。

その命題を常に念頭に生きること。

それは明治時代以前は当たり前のことでした。

それは「志(こころざし)」として日本人なら誰しも当たり前に持っていたものでした。

しかし、日本が敗戦国となり「志」が教科書から消されて、夢にすり替えられてから多くの問題が起こってきました。

それはまさに「あはなち状態」で生きる人が大量に増えたことによる実害。

だから、まずは自分の志を明確にして生きること、それが重要です。

志なくして天命成就なし。