意識のコントロール。
それが武術の稽古の目的。
レノンリー老師はこう伝えてくれます。
創造主としてどう意識をコントロールするのか。
相手の殺意を嗅ぎ分ける稽古もその1つの稽古法です。
相手をより良くするために殺意を活用する
相手が自分に殺意を抱いているかどうかを感じる稽古・・・
そもそも、誰かに殺意を向けられるなんていうことは、ほとんどの人はないでしょう。
あくまで稽古の話ですが、稽古だからといって手は抜きませんから、本氣で相手に殺意を抱きます。
もちろん、相手の身体の叡智を引き出し、相手の世界をより良くするという「目的」と「前提」を忘れてはいけません。
そうなれば、殺意も相手をより良くするためのツールとなります。自分が相手の殺意をどう捉えるのか。
殺意=悪のような先入観があっては、それはできませんから、そういった固定観念、既成概念を全て禊いでゼロ化してこそ成り立つ稽古です。
ゼロ化して、あとは相手をより良くするために、相手に対して正確に強烈な殺意を向ける。
そうすることで、相手は自らに向けられた「殺意」をより簡単に認識することができます。
殺意を感じることで「意識」の正体に迫る
殺意とは相手を殺したいと思う意識のことです。
言うなれば自分に向けられる意識に他なりません。
その意識を感じて認識することができて初めて、いろいろな対処ができます。
逆に、その殺意を感じることができなければ、本当に自分を殺そうとしてきた人に対処できませんから、それは武術家として死を意味します。
どんな場面でも自己不敗を体現することを目的とする武学において、常に相手と調和することを目指しますので、相手の殺意を認識してゼロ化して、相手に癒しを伝達して大調和を体現しなくてはいけません。
相手の殺意という意識が自分にベタベタと張り付いたその感覚を感じて、「自分に殺意が向けられている」ということを認識します。
そうすると、その意識の本体である相手をより深く感じて認識するようになります。
そこで意識の正体がなんなのか、体感覚で感じられるようになります。
そうすることで、自分が意識をコントロールするときのヒントや氣付きを得られるかもしれません。