今の日本の学校教育は全て「できない」を「できる」に変容することを前提にしている感じです。

知識がないから覚えて知識を入れる。

計算ができない、読み書きができない。これらをできるようにするという風に。

しかしそれが必ずしも正しいかどうかは議論の余地があるかもしれません。

武学は「できない」という前提がないからです。

元々できるという前提

知らないから知りたい。

できないからできるようになりたい。

そのような欲求は至極当然だし、理解できます。しかしその前提を疑わない限りなかなか上達しない可能性があります。

日本において、100m走の歴史を振り返るとなかなか10秒の壁を破ることができませんでした。しかし、1人が破ってから次々と破る人が出てきました。

これは常識の壁。思い込みの壁です。

自分は「できない」という思い込みが成長を阻害します。だから武学では前提がまるっきり違います。

元々できる。

これが前提となります。

だからちょっと稽古したらすぐにできるようになったりします。あとはその繊細さや練度を鍛錬していく稽古になります。

つまり、元々できているという前提に立てるかどうかでその後の成長スピードが劇的に変わるのです。

自分の思考をクリアリングする

自分はできない。自分は身体が硬い。自分は人見知りだ。

そのような自分に対する思い込みは根強いものがあります。

だからこそ、禮法によるゼロ化が重要になります。ゼロ化とは、身体、心、思考をフラットにニュートラルにすることです。

思考がゼロに戻ると何も考えられないような状態になります。考えようと思えば考えられるけど、考える必要性を感じないような不思議な状態。

この状態に戻すと、自分に対する自己洗脳は消え去り、元の「できる」状態に戻るので「できる」ようになります。

言葉遊びのような世界観ですが、体感するとこれが真実であることを体感すると思います。