武術を稽古しても、継続しないと身につきません。

ですから、継続する人だけが達人になります。当たり前のことです。

そんな武術の最高技法「酔拳」では自らを神と思い出し、新しい神を創り出すということをやります。

自らが神であることを思い出す

人間はすぐに依存してしまう生き物です。

特に「思考」が起こってから人間はどんどん不自然な生き物になっていきました。

正義と悪などの二元論。

そういった分離感がどんどん神である自覚を忘れることにつながっています。

不自然になった状態から自然に戻れば、そこには神が宿っていることに氣付きます。

そして自らが神であったことを思い出します。

そのためのツールが禮法であり、継続して稽古していくことで、どんどんゼロの精度が高まっていきます。

どんどん本質のゼロに近づき、無限大の叡智にアクセスしていくのです。

自分が神として新しい神を創造する

神は外にはいません。

神はそれぞれの内側にいます。

これは別に宗教を否定しているのではなく、事実として対人フィジカル・クエスティング・システムを使うことで、身体を通してそのエネルギーを感じることができるからです。

神を内側に感じることができるから、自ら新しい神をも創造することができるのです。

言い換えれば、新しい神でる自分を創造することができるのです。

自分は自分で創れる。

自由自在です。

もちろん、人生も思うがままです。

この世界は神であるあなたが、観たいように観える世界なのだから。