武術で培う本質は「全て」の体現です。
武道や格闘技では部分的なパートのみを扱います。
柔道で竹刀を使ったらダメですし、ボクシングの大会にナイフを持って行けません。
そんな中、武術は何でもありです。
武術で培いたい本質
武術では柔道や剣道、格闘技などのパートの練習をすることもありますが、その時に常に重要視されるのが、「全て」の意識。部分最適にならない、全体最適になるということ。
そこで、まず基礎的に必要になるのが、ゼロ化です。
ゼロにならば、ゼロ=無限大となり、全てにアクセスできるようになります。
しかしゼロから外れていると、相手にコントロールされやすくなります。
ですので、全てを体現するためのゼロをまずはマスターすること。
そもそも柔道や剣道、格闘技などの技に対して、何かをしなくてはいけない場面など人生にはなかなかありません。そもそも、それらをやる目的があって、自分の人生にとって必要ならそれらをツールとして使うだけです。
武術で培うべき本質
武術は常に実践です。
五大不確定要素があり、いつ、どこで、誰に、どんな武器で、何人で、襲われるか分からないという前提において、何を稽古したら良いのか。
結局、何もできないよねという結論に辿り着いたところから、武術の始まりです。
それは、限界を追求するスポーツとは違い、少しでも生き残る可能性を高めるための可能性の探求です。
全く可能性が0のところから、少しでも可能性を開いていく。それが武術の稽古で培いたいところ。
そしてそもそも、だらからも「敵」だと認識されないあり方こそが、武術で培うべき本質です。
そのためには、やはり、禮法。
ゼロをマスターすることで、自分が全てであり、全てが自分であるという境地に辿り着きます。
自分を攻撃することはありませんから、全てが自分となり、みんな味方になるという境地に辿り着けます。それが武人のあり方です。